福岡県町村会
スポット一覧

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福岡エリア

「光正寺(こうしょうじ)古墳」
「光正寺(こうしょうじ)古墳」

邪馬台国の時代に糟屋地域を支配した王の墓

「光正寺(こうしょうじ)古墳」

町の北西部に位置し、3世紀後半頃に築かれた糟屋郡内最古期で最大の前方後円墳(全長約54m、後円部径約34m、前方部長20mで前方部2段築成、後円部3段築成)です。邪馬台国時代の不彌国(ふみこく)の王墓ではないかとも考えられています。周辺は、史跡公園として整備され、築造当初の古墳の模型が、ガイダンス広場に5分の1のサイズで復元されています。発掘調査出土品は、宇美町立歴史民俗資料館で展示しています。

大野城跡
大野城跡

四王寺山に築城された日本最古の古代山城(日本遺産)

大野城跡

大野城跡は、宇美町・太宰府市・大野城市にまたがる四王寺山にある古代山城です。城の範囲は、東西約1.5km、南北約3km範囲であり、大野城跡最大の石垣「百間石垣」や「増長天礎石群」、「毘沙門堂」など、城の範囲の約80%が宇美町内にあります。重要な遺跡であることから、国特別史跡に指定されています。また、日本遺産「古代日本の「西の都」~東アジアとの交流拠点~」の構成文化財となっています。発掘調査出土品は、宇美町立歴史民俗資料館で展示しています。

筑豊エリア

河内王の墓
河内王の墓

県内唯一の宮内庁一等陵墓参考地

河内王の墓

香春町鏡山には、宮内庁が管理する墓地があります。これは福岡県内唯一のものであり、河内王の墓といわれています。河内王は天武天皇の孫といわれ、大宰帥(だざいのそち)として都より下向中、鏡山に住む手持女王(たもちのおおきみ)と恋に落ち、死後ここに葬ってほしいという遺言の下に墓地が作られたのがここといわれています。手持女王が詠んだ切ない恋の歌は万葉集に収められています。

山頭火遊歩道
山頭火遊歩道

香春町内にある種田山頭火の万葉集歌碑です。

山頭火遊歩道

種田山頭火は、彼を支えた現・糸田町の医師、木村緑平を何度も訪ねたことから、香春町にもよく足を運びました。香春岳や町の自然を詠んだ句が碑に刻まれています。

藤江氏魚楽園
藤江氏魚楽園

国の名勝に指定された庭園

藤江氏魚楽園

国の名勝に指定された庭園。室町時代の画聖雪舟が神仙蓬莱思想に基づいて築庭されたものとされ、池中の中島は亀を表し蓬莱島と称され、また、一の滝と二の滝があり池全体で鶴を表すなど蓬莱の手法をいかんなく表現しています。四季折々に美しい表情を見せ、特に秋の紅葉は必見です。開園状況については、お電話にてご確認ください。(現在、休園中)

建徳寺2号墳(町指定史跡)
建徳寺2号墳(町指定史跡)

直径20メートル、高さ3メートル、横穴式石室をもつ円墳。

建徳寺2号墳(町指定史跡)

建徳寺2号墳は、直径20メートル、高さ3メートルの大きさの円墳で、今から1400年前の6世紀後半に造られました。古墳入口はふさがれた状態でしたが、石室の天井石が失われていました。石室内部から須恵器、刀、馬具、やじり、耳環、管玉が出土しました。出土品からこの地域の権力者の墓と考えられます。 調査終了後、古墳は現地保存され、公園として整備されています。

内田三連橋梁
内田三連橋梁

平成筑豊鉄道田川線赤駅~内田駅間にある三連アーチ橋

内田三連橋梁

1895年に竣工された内田三連橋梁は、文部科学省の登録有形文化財に指定されており、下流側と上流側でレンガの積み方が異なっています。

柚須原駅
柚須原駅

懐かしい雰囲気を醸し出す赤村の玄関口

柚須原駅

130年の歴史があるレトロな駅舎は、ドラマなどのロケ地に選ばれています。

筑後エリア

国史跡 下高橋官衙遺跡
国史跡 下高橋官衙遺跡

ロマンあふれる大刀洗町の遺跡

国史跡 下高橋官衙遺跡

奈良時代の群役所跡。大溝で区画された中に倉庫群が建ち並ぶ「正倉院」、大樹帆菜建物が建ち並ぶ「群庁・曹司院」が東西に並列しています。

国指定文化財 今村天主堂
国指定文化財 今村天主堂

双塔ロマネスク様式風のレンガ造の教会

国指定文化財 今村天主堂

1913(大正2)年竣工の煉瓦造教会堂。当時教会造りの名工と言われた鉄川与助の設計施工によるもので、双塔を正面に配したロマネスク風様式です。ステンドグラスからの透過光は荘厳です。

北九州エリア

山鹿貝塚
山鹿貝塚

縄文人骨が多く出土した事で有名な九州を代表する貝塚

山鹿貝塚

昭和28年に発見された山鹿貝塚は人骨の多さ、装着品の豊富さなどから、県指定の史跡となっている。昭和37年から発掘が始まり、20体以上の縄文人骨が発見されている。特に2号人骨はたくさんの装着品から、指導的地位にあった女性だと考えられ、全国的に有名である。

堀川歴史公園
堀川歴史公園

文化庁「歴史の道百選」に選定された堀川の歴史が学べます

堀川歴史公園

堀川開削に関わった福岡藩6代目藩主黒田継高が祭ってある河守神社と連続してこの堀川歴史公園があります。江戸時代に行われた堀川の開削工事の最大の難所、吉田車返(よしだくるまがえし・旧来の地名)付近に位置し、堀川の歴史を分かりやすく絵物語にしたレリーフが設置されています。

城ノ越(じょうのこし)貝塚跡
城ノ越(じょうのこし)貝塚跡

弥生時代の指標となる土器が出土

城ノ越(じょうのこし)貝塚跡

弥生時代の貝塚を主体とする遺跡で、1952年と1958年の2回にわたって考古学協会による学術調査が行われています。遺跡は丘陵の裾部に所在し、ヤマトシジミを主体とする多数の貝類や動物骨が発見され、当時はこの近辺まで内海が広がっていたことが分かります。遺跡から出土した土器の一部は「城ノ越式土器」と命名され、弥生時代中期初頭ごろの土器の指標となっています。

菅公(かんこう)腰掛石
菅公(かんこう)腰掛石

学問の神様が腰かけた石

菅公(かんこう)腰掛石

お仮屋公園の一角にあり、菅原道真が旅の疲れを癒すために腰掛けたという言い伝えが残る石。実際に座ることができるので、学問の神様にあやかって腰掛けてみてはいかが?

友枝瓦窯跡
友枝瓦窯跡

奈良時代に造られた登り窯

友枝瓦窯跡

奈良時代に現在の町立南吉富小学校付近に建立されていた垂水廃寺へ瓦を供給するために造られた地下式の有階有段登窯です。内部には瓦を置くため、階段状の段が17段設置され、最上部に煙出しの穴が二つ開けられています。朝鮮半島の新羅系や百済系の瓦が出土しています。

唐原山城跡
唐原山城跡

謎の多い山城跡

唐原山城跡

7世紀中頃に築造されたと考えられる山城跡です。自然の山を利用した城で、北部九州で12の城が確認されており、その中の1つです。朝鮮半島における唐・新羅の連合軍による百済滅亡を軸に展開した東アジアの動乱に対処するため、大和朝廷が敷いた国防ラインであると考えられています。

穴ヶ葉山古墳
穴ヶ葉山古墳

山国川流域屈指の巨大石室墳

穴ヶ葉山古墳

山国川流域屈指の巨大石室墳です。墳丘の直径約30mの円墳で、周囲には馬蹄形の周溝が巡らされています。内部の石室は巨大な一枚岩により造られ、全長は約10mあり、壁面には鳥や木葉、人物などが描かれています。出土した遺物から6世紀末から7世紀初め頃に築造されたものと考えられます。

大ノ瀬官衙遺跡
大ノ瀬官衙遺跡

奈良時代の豊前国上毛郡役所跡

大ノ瀬官衙遺跡

奈良時代の郡役所跡です。律令期にこの地域は豊前国上三毛郡の中心として郡役所が置かれ、郡内の政治・行政の中心でした。遺跡としての保存状態が良いことから、建物が配置された様子が分かり、具体的な構造を知ることができます。